∽∽∽戦争を想う、平和を想う∽∽∽

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孫に語り継ぐ戦争   ・・・・・武谷妙子(つくば市二の宮)

 おばあちゃんが小学3年生の時、第二次世界大戦が始まりました。どうして戦争をしなければならなくなったのか? 周りの大人に聞いても答えられる人はいません。今のようにテレビの情報もない時代です。どんな恐ろしい事が起きてくるのか、とても心配でした。それから1年後、地上戦が始まり、毎日学校へも行けず、敵機から身をかくすために防空壕(庭の隅に掘った穴蔵)へ入ったり出たり、夜は電燈も消され、パジャマにも着替えず蒲団の中にうずくまり、何時でも逃げられる態勢です。この頃、女・子供は避難するようお国からの命令が出され、おばあちゃんはおばあちゃんのお母さんと姉弟とで、おばあちゃんのお母さんの田舎(千葉県五郷村)に疎開させられました。農村では働き手のおじさん達は皆、お国の命令で兵隊になって戦地に向います。文句一つ言えず、残された女・子供は国を守らねばなりません。

 忘れられない日、1945年3月10日、東京大空襲があり、東京は火の海となりました。空は夕陽の何増倍も燃える赤色。幼いおばあちゃんの心から、今でも忘れられない光景です。東京にいる家族(おばあちゃんの父と兄)は、防火用水の水をかぶりながら3分ともたない火の粉をくぐりぬけ、川に身を投じながら鉄かぶとのおかげで、何とか助け出されました。兎の目のように真赤、すさまじい姿でした。一面の焼野原は、戦場そのものです。

 戦争はほんの一部の人達の考えからおきるのです。人と生まれた責任を、君達と一緒に問い返してみようね。この戦争に敗けた事から、憲法9条が生まれ授かりました。戦争を二度としないという約束を、世界に向けて、君達と一緒に発信し続けていこう。

・・・・・「結」No.28掲載

===学習会「戦争を語る」8月23日(日)13:30-15:00

===会場:梅園公園内、集会所ホール・・・参加無料 (共催:梅園みどり会)